今週のアーチスト ヴァン・モリソン

小西さんの投稿

ヴァン・モリソン

ヴァン・モリソンは、アイルランド出身のシンガーです。1945年8月、北アイルランドのベルファストでプロ・シンガーだった母とジャズのコレクターだった父のもとに生まれ、その影響で幼い頃からブルースやジャズを聴いていました。11歳の頃には地元のバンドに参加し、音楽活動を開始しています。15歳で学校を辞めバンド活動に専念。63年頃にはゼムとして活動をロンドンに移し、レコード・デビューを飾ります。「グロリア」「ヒヤ・カムズ・ザ・ナイト」といったシングル・ヒットを飛ばしますが、メンバーが不安定だったせいで、ゼムはすぐに解散してしまいました。

ヴァンは、当時のプロデューサーの薦めもあって、活動拠点をアメリカに移します。ファースト・ソロ・シングル「ブラウン・アイド・ガールズ」(67年)は見事全米10位に入る大ヒット。さらにヴァンは、ブルース、ロックにこだわらず、ジャズやトラッド的な要素を取り入れた、『アストラル・ウィークス』(68年)『ムーンダンス』(70年)を発表し、高い評価を得ました。その後、ソウル色を強めた『デュペロ・ハニー』(71年)、彼の音楽性を反映した大編成のカレドニア・ソウル・オーケストラを率いてのライブ『魂の道のり』(74年)といった快作を出し、欧米ではミュージシャンズ・ミュージシャン、そして大人のシンガーとして圧倒的な人気を誇る存在になりました。しかし、あまりに誠実に音楽性を追求するために、しばしば仲間たちとも衝突し、次第に孤高のシンガーといった存在になっていきます。

80年代半ばには、宗教的なこだわりなどもあって、一度音楽界からの引退を宣言したりもしますが、無事に復帰。さらにじっくりと内省的な世界を追求した活動を続け、ジョン・リー・フッカーをはじめとした多くの先達たちとの共演なども含め、マイペースな作品作りを行っています。その音楽性の高さから、アーティストらにもファンの多いシンガーです。2020年には、新型コロナ・ウイルスのロックダウン政策を批判したプロテスト・ソングを発表し、コロナ禍で苦境にあるライブ会場やミュージシャンを支援しています。ヴァンが作詞・作曲した「スタンド・アンド・デリヴァー」という曲では、エリック・クラプトンが歌い、チャリティー・シングルとしてリリースされています。

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