今週のアーチスト スコット・ウォーカー

小西さんの投稿

スコット・ウォーカー

スコット・ウォーカー(1943年1月9日~2019年3月22日)は、1960年代半ば、ウォーカー・ブラザーズのフロントマンとして、とても人気がありました。このウォーカー・ブラザーズ、ブリティッシュ・グループと思われがちですが、実はアメリカのバンドです。当時のイギリス勢のアメリカ進出はすさまじく、64年4月4日付けの『ビルボード』HOT100を見ると、1位が「キャント・バイ・ミー・ラヴ」、2位「ツイスト&シャウト」、3位「シー・ラヴス・ユー」、4位「抱きしめたい」、そして5位が「プリーズ・プリーズ・ミー」と、ベスト5にランク・インした曲が、すべてビートルズでした。それに先立つ2月、アメリカに上陸した彼らはアッという間に全米ミュージック・シーンをわが物にし、その勢いに乗じて、デイヴ・クラーク・ファイヴなど後続部隊が大挙してイギリスからアメリカへとなだれ込んでいきました。アメリカのポップス界は、しばらくはなす術もなく、まともに闘えたのは、ビーチ・ボーイズ、フォー・シーズンズ、ジェイ&アメリカンズ、そしてモータウンのシュプリームスぐらいでした。

事もあろうにそんなブリティッシュ・インヴェイジョンの真っ最中の64年、スコット、ジョン、ゲイリーが、LAでグループを結成しましたが芽が出ず、業を煮やして一念発起。イギリスに渡ってデビューし、65年3枚目のシングル「涙でさようなら」が全英No.1となり、一躍人気グループになりました。いわばヒットを携え逆輸入の形でアメリカに凱旋したといったところでしょうか。

彼らの特色は、スコットの重厚なバリトンのヴォーカルに、ソウルっぽいコーラスを絡ませたブルー・アイド・ソウルと、スペクター・サウンド風の奥行きのあるサウンドでした。「孤独の太陽」は大仰なアレンジの曲で、特に印象に残っています。

スコットは67年からソロとなり、60年代のティーン・ポップ・アイコンから21世紀の前衛的なミュージシャンへと変身していきます。初期の4枚のソロ・アルバムがトップ10に達しており、80年代イギリスのアンダー・グラウンド・ミュージック・シーンから高く評価されています。今日のスタンハンセンバさんのリクエスト曲「ジャッキー」は、スコットのソロ・デビュー・シングルで67年全英22位と中程度のヒットでした。この曲は歌詞が問題で、BBCで放送禁止歌になっています。ソロでの最大のヒットはやはり「ジョアンナ」(68年全英7位)ですね。

スコットは2018年までレコーディングを続けましたが、彼の死後、BBCは「ロックの歴史の中で最も謎めいた、影響力のある人物の一人」と評価しています。

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