今週のアーチスト ザ・フー

小西さんの投稿

ザ・フー

ザ・フーがロジャー・ダルトリー(ボーカル)、ピート・タウンゼント(ギター)、ジョン・エントウィッスル(ベース)、キース・ムーン(ドラムス)の4人組となったのは、1964年秋のことでした。その前年、ロジャーとジョンのバンドにピートが加わったとき、いったん「ザ・フー」を名乗りましたが、マネージャーの勧めで、モッズのヒーローとなることが画策され、モッズ用語を取り入れたザ・ハイ・ナンバーズとしてデビューします。ある日彼らのステージを観ていた17歳の少年が「俺の方がうまい」とドラマーに立候補。これがキースでした。そのドラミングにほれ込んだ3人は彼を迎え、ここからフーの歴史が始まります。

「マキシマムR&B」を看板に掲げ、モッズのアイドルとなった彼らは、65年1月に「アイ・キャン・エクスプレス」(全英8位)でデビュー。「エニウェイ・エニハウ・エニホェア」(10位)、「マイ・ジェネレーション」(2位)と連続ヒットを飛ばし、人気を決定づけ、12月には60年代のモッズを代表するアルバム『マイ・ジェネレーション』を発表します。今週はこのアルバムの中から、銀造さんが「キッズ・ア・オールライト」(41位)をリクエストしてくれました。

全くルールを無視したキースのドラム。ビートに乗った切れ味鋭いギター・ワーク。さらに興奮のクライマックスに達すると、アンプからドラムスまで叩き壊すステージングが評判を呼びます。ピートは後年、そんな調子で楽器を壊し、イメージのために服を作り続けたバンドの内情は火の車だった、と述べています。成功するためにすべてを賭して走り続けたんですね。

暴力的なステージが売りのザ・フーでしたが、アルバムを発売するごとに変化をみせ、ピートのソング・ライティングを核にした知的なハード・ロック・バンドへと成長していきます。69年には、映画やミュージカルにもなったコンセプト作『トミー』を発表。ウッドストック・フェスで世界的な人気を決定づけました。その後は『ライヴ・アット・リーズ』『フーズ・ネクスト』『四重人格』などのアルバムをヒットさせます。しかし、78年9月7日にキースが32歳の若さで急死。残った3人は、フェイセズのドラマーだったケニー・ジョーンズを迎えてバンドを存続させましたが、82年に解散します。しかし、その後何度か再結成され、2004年夏についに日本に初来日。08年にも来日し、LIVEを行いました。19年には13年ぶりのアルバム『WHO』をリリース。全米2位・全英3位のヒット・アルバムとなっています。

※モッズ(Mods) とは、1950年代後半〜60年代中頃にかけて、ファッションと音楽をこよなく愛したイギリス・ロンドン近郊の若者たちのスタイルの総称のこと。レアな黒人音楽やR&B、スカを好み、ファッションもオリジナリティを追求した。衣服が汚れるのを嫌い、乗り物はオートバイではなくスクーター。そんな彼らをモダニスト 、モダーンズと呼び、最終的にモッズと呼ばれるようになったといわれている。彼らを目当てにロンドンのカーナビー・ストリートやキングスロードに若者向けショップができた。モッズの代表的バンドが、フーとスモール・フェイセス(後にフェイセズ)だった。

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