今週のアーチスト ビーチ・ボーイズ

小西さんの投稿

カリフォルニアの新興住宅地ホーソン。ここで過ごす、ブライアン、デニス、カールのウィルソン3兄弟と彼らの従兄弟にあたるマイク・ラヴ、ブライアンの幼なじみアル・ジャーデン。この5人で ビーチ・ボーイズは誕生しました。1961年夏のことです。彼らは海の遊びを題材にしたサーフィンを地元のインディペンデント・レーベルに録音。これが地元でヒットし、62年2月には全米チャートにも顔を出す健闘を見せました。それを弾みに大手キャピトル・レコードと契約。同年10月、『サーフィン・サファリ』でデビューしています。

以降爽やかなコーラスと溌剌としたサウンドで「サーフィン・サファリ」「サーフィン・U.S.A.」「サーファー・ガール」とヒットを放ち、全米にサーフィン・ブームを巻き起こしました。その後、「シャット・ダウン」「リトル・デュース・クーペ」「ファン・ファン・ファン」と、車を題材にしたホットロッド・ブームも産み落としていきます。カリフォルニアといえば青い空。その下に広がる海にサーフィン。若い女性の水着姿。車そして青春といった図式が作られましたが、その過程で、ビーチ・ボーイズほど貢献した人たちはいませんでした。

そして64年、アメリカ中がビートルズ旋風に沸き返り、4月4日のビルボード・シングル・チャートで「キャント・バイ・ミー・ラヴ」を筆頭に、上位5曲がビートルズで独占されるという驚異的な出来事が起きました。他にはモータウン勢が活躍という中で、7月、アメリカの男性グループとしては8か月ぶりに、「アイ・ゲット・アラウンド」(今週の銀造さんのリクエスト)で、全米1位を奪回したのが、ビーチ・ボーイズでした。ビートルズというライバルの出現は、何もヒットチャート上の出来事だけではありませんでした。最も重要だったのは、ビーチ・ボーイズ、つまりブライアンの音楽魂に火をつけたことでした。ブライアンは、フォー・フレッシュメンのハーモニーをギター・ポップ・サウンドに取り入れ、サーフ・ミュージックとして、見事に60年代のサウンドを体現し、いつの時代になっても色あせない、最高のサウンドを生み出したのです。

ところで、ビーチ・ボーイズと名乗りながらもサーフィンができたのは、デニス・ウィルソンただ一人。あろうことか、ビーチ・ボーイズというグループ名に至っては、「サーフィン」を発売する際に、レコード会社に勝手につけられたものでした。実際には、彼らが好んで着ていたシャツのブランドに由来する、ペンドルトーンズというのがグループ名でした。彼らは出来上がったレコード盤に自分たちの知らない名前が印刷してあるのに驚きましたが、時すでに遅し。でもペンドルトーンズよりビーチ・ボーイズの方が、ずっといいですよね!

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました