洋楽カバーからGS、フォーク、ロックへと続く日本の60年代ミュージック

小西さんの投稿

日本のポップスは、洋楽ポップスを日本語の歌詞に置き換えて歌う、いわゆる洋楽カバーから始まりました。1950年代後半からです。それに拍車をかけたのが、フジテレビの『ザ・ヒットパレード』、NTVの『シャボン玉ホリデー』、NHKの『夢であいましょう』といった番組でした。中でも洋楽ヒットのベスト・テン番組だった『ザ・ヒットパレード』は洋楽カバーの時代からGC時代にまでおよび、毎週欠かさず見たものです。また『シャボン玉ホリデー』はザ・ピーナッツ、クレイジー・キャッツを中心に、当時の青春ポップシンガーが毎回顔をそろえていました。そして坂本九を始め、当時の新人を積極的に起用していたのが『夢で会いましょう』でした。

特に日本のポップス史上において見逃せないのが1959年です。この年にコニー・フランシスが歌った「カラーに口紅」、ニール・セダカの「恋の片道切符」が大ヒット。ザ・ピーナッツが「情熱の花」でレコードデビューし、16歳の坂本九がパラダイス・キングに参加。そして『ザ・ヒットパレード』が始まっており、正にこの年に日本の60年代ポップスの土台が出来上がったといえます。この時代の日本は、アメリカのヒット曲にこだわらず、カンツォーネやシャンソン、ヨーロッパ各国でヒットした曲など、とにかくいいものはすべてカバーしてしまおうという雰囲気でした。

日本のポップス界で重要な存在だったのが、ザ・ピーナッツです。彼女たちは当初、アメリカンポップスというより、ヨーロッパの歌を得意にしていましたが、徐々にオリジナルの曲も歌うようになっていきます。専属作曲家的な宮川泰が書いた「恋のバカンス」「振り向かないで」「ウナセラディ東京」などは、洋楽の味わいを持った曲でした。それがやがてGSの時代へとつながっていき、和製ポップスが誕生します。

そのきっかけとなったのがビートルズの台頭と65年のベンチャーズ来日でした。これによってエレキブームが沸き起こりますが、やはり何といってもブームの起爆剤となったのがベンチャーズの来日でした。さらにエレキブームに勢いをつけたのが、寺内タケシとブルージーンズや井上宗孝とシャープ・ファイブ、加山雄三とランチャーズといったインストグループでした。

やがてインスト中心だった日本のロックバンドは、ボーカルを全面に打ち出すようになっていきます。そのパイオニアともいうべきグループが、ジャッキー吉川とブルー・コメッツとスパイダースで、彼らに続いてデビューしてきたのが、タイガース、テンプターズ、ヴィレッジ・シンガーズ、モップスたちでした。当時エレキは不良少年が持つ楽器といわれ、多くの中学・高校でエレキ禁止令が出されるという不思議な現象も起こっていました。

そのおかげかもしれませんが、「エレキがダメならアコースティックギターがあるさ」とばかりにはやり始めたのがフォークソングでした。アメリカの学生たちが盛んにフォーク集会を開いていたことに触発され、60年代半ばからまず東京の大学生たちが、アマチュアフォークソンググループのコンサートを開催するようになったのです。ブラザース・フォア、PP&M、キングストン・トリオが当時の三大人気フォーク・バンドで、大半のアマチュアバンドが、彼らのうちのどれかをコピーしていました。その中から次第にプロデビューするケースも出始め、やがて自作のオリジナルを歌うようになっていきます。その代表格がブロードサイド・フォー、マイク眞木、森山良子といった面々で、彼らが歌うオリジナルもアメリカのフォークソングに範を求めたものでした。

こうした動きと半ば連動はしていましたが、いち早く個性的なオリジナルを歌うようになっていたのが、関西のフォーク勢です。67年頃から、高石友也、フォーク・クルセダーズ、五つの赤い風船、高田渡、岡林信康といった個性的な面々が次々と登場してきます。

一方この頃からGSブームは衰退の一途をたどり、多くのグループが解散していきます。しかし、彼らの残党ともいえる人たちが、欧米のロックブームに触発されて、独自のロックを追求するようになり、そこにフォーク出身者も加わって、60年代末にはロックの一大ムーブメントが巻き起こりそうな気配がありました。その先鞭をつけたのが、68年に結成されたジャックスであり、69年にデビュー作「私を断罪せよ」でボブ・ディラン張りのロックサウンドを聞かせた岡林信康でした。このムーブメントが70年代に入ってから大爆発。今日のオンリー・ワンさんのリクエスト、岡林信康の「私たちの望むものは」の71年アンコールライブが、当時の雰囲気をよく伝えています。

60年代を振り返ってみれば、ベトナム戦争、人類初の月面着陸、ヒッピームブメント、学生紛争など騒乱と平穏が同居していた時代でした。日本のポップス・シーンがこれほど実りの多い変貌を遂げることができたのも、時代の動きが何らかの作用を果たしたのではないでしょうか。そのことを改めて思い起こさせてくれるのが、この時代の音楽ですよね。

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