今週のアーティスト マーヴィン・ゲイ

小西さんの投稿

マーヴィン・ゲイ

1960年代にはモータウンの貴公子と謳われたマーヴィン・ゲイ。しかし、デュエットのパートナーだったタミー・テレルが1970年に、わずか24歳の若さで死去したことに大きなショックを受けた彼は、対人恐怖症というアーティストにとっては致命的な心の病に冒されてしまいます。そんな彼を再び音楽の創作へと向かわせたのは、ベトナム戦争で兵士として戦った弟のフランキーが語る、生々しい戦場の惨劇でした。

71年、約1年のブランクを経て完成させたアルバム『ホワッツ・ゴーイン・オン』は、モータウン史上初のコンセプチュアル・アルバムであり、また同レーベル所属のアーティストが、初めてセルフ・プロデュースの権利を駆使した作品でもありました。しかし、ようやく完成を見て、いざリリースしようとしたところ、モータウン社長ベリー・ゴーディ・ジュニアが、あまりにも社会的すぎる内容だとしてリリースを拒否。マーヴィンは、「これを発表させてくれないなら、今後1曲たりともモータウンのための曲作りはしない」といったとか。結果的にはゴーディの許諾なしに強硬リリースしたのですが、蓋を開けてみれば、ベトナム戦争への反戦歌である「ホワッツ・ゴーイン・オン」をはじめ、今日リクエストいただいた環境汚染がテーマの「マーシー・マーシー・ミー」、都市部のゲットー地区に生きる人々の苦悩を代弁した「インナー・シティ・ブルース」。この3曲がビルボードのリズム&ブルース部門で首位の座に。アルバムもリズム&ブルース・チャート1位、全米6位と大ヒット。R&Bのアーティストのみならず、ロック・ミュージシャンたちにも計り知れない影響を与えた不朽の名作として、今なお高い評価を得ています。

このアルバムを境に、マーヴィンのアーティスト性は急激に頭をもたげ、映画のサントラ盤で音楽指揮を執った『トラブル・マン』(72年)、セックス・シンボルと呼ばれるきっかけとなった『レッツ・ゲット・イット・オン』(73年)、完成度の高い『アイ・ウォント・ユー』(76年)と、続々に傑作を発表。単なるアイドル・シンガーから完全に脱却しました。反面、繊細で内省的だった性格が災いしてか、私生活は不幸続きで、ゴーディ・ジュニアの姉、アンナとの泥沼の離婚劇や麻薬依存、ヨーロッパでの隠とん生活などがスキャンダラスに報じられました。

そんなマーヴィンが、晴れてモータウンと決別したのが82年。移籍先のコロンビアから「セクシャル・ヒーリング」(全米4位)の大ヒットで復活しましたが、84年4月1日に父親に銃殺されるという悲劇的な死を遂げます。享年44歳。しかしながら、世代とジャンルを超えて多くのアーティストに与える影響力は、いまだに衰えていません。私、小西も毎日欠かすことなく、マーヴィン・ゲイの歌を聴いていますよ~。

コメント

タイトルとURLをコピーしました