今週のアーチスト フリー

小西さんの投稿

フリー

ポール・ロジャース(ボーカル)、ポール・コゾフ(ギター)、アンディ・フレイザー(ベース)、サイモン・カーク(ドラム)、この4人によって1968年にロンドンで結成されたフリー。このとき、ロジャースとカークが19歳、コゾフ18歳、フレイザーに至っては16歳という若さでした。バンドの結成に尽力したのが「ブリティッシュ・ブルースの父」と呼ばれるアレクシス・コーナー。彼はこの若いバンドがレコード会社と契約するまで指導を続け、アレクシス自身の組んでいた「フリー・アット・ラスト」というバンド名を譲る形で命名したといわれています。

バンドが商業的成功のピークを迎えたのは、英米双方のシングル・チャートでトップ5入りを果たした看板ヒット曲「オール・ライト・ナウ」(米4位・英2位)を含むアルバム第3作、『ファイヤー・アンド・ウォーター』が発表された70年のこと。まさに英国産ブルース・ロックの代名詞的な存在として認識されるようになりました。しかし、バンド自体の歩みは順風満帆とはいかず、71年には一度解散。翌年に再結成し、「ウィッシング・ウェル」(英7位)などを発表するものの、結果的には73年発表の『ハートブレイカー』を最後に、その短い歴史を閉じています。末期には、脱退したフレイザーの後任として、日本人ベーシストの山内テツも在籍していました。

バンド崩壊後、ロジャースとカークは元モット・ザ・フープルのミック・ラルフス(ギター)、元キング・クリムゾンのボズ・バレル(ベース)とともに、バッド・カンパニーを結成。作品を重ねるごとにハード・ロックへの接近を強めていたフリーの進化形ともいうべきスタイルを確立してみせました。まさに音楽シーンがブルース・ロック全盛の時代からハード・ロック隆盛期へと移り変わっていく様を象徴していたのが、フリー~バッド・カンパニーでした。

一方、コゾフはフリー解散後、ソロ・アルバム発表をへて、74年に「バック・ストリート・クロウラー」を結成しています。しかし、76年、 同バンドでの米国ツアー中に航空機内で急逝。まだ25歳という若さでした。彼にはフリー在籍当時からドラッグ乱用癖があり、それもまたバンド「フリー」崩壊の一因だったといわれています。感情を込め、少ない音数で弾く、コゾフの泣きのギターは、亡くなってから46年たった今も最高です!

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