今週のアーチスト ビリー・ジョエル

小西さんの投稿

ビリー・ジョエル

1949年ニューヨク・ブルックリンで生まれたビリー・ジョエルは、ピアノのレッスンを4歳から受け、プレスリーを聴き、ジャズ・ピアニストたちの演奏を聴きながら育ったといいます。そして64年、ビートルズに衝撃を受け、地元のビート・バンドに参加して音楽活動を開始。プロ・デビューはハッスルズというグループで2枚のアルバムに参加。次にアッティラを結成しますが話題になることもなく、苦しい時代を過ごします。そんな中、自作のデモを作り、それを認められてソロ・デビュー。「コールド・スプリング・ハーバー」を出しますが鳴かず飛ばず。そしてロサンゼルスに移り、クラブなどで地道な活動を続けていましたが、彼の才能を改めて見いだしたのがCBSコロンビア・レコードで、73年に『ピアノ・マン』を発表します。このアルバムは、バーでの演奏に明け暮れた、不遇の時代に書き留められた楽曲などを集めたものでした。その不遇時代を象徴するアルバム・タイトル曲「ピアノ・マン」がジワジワと売れ出し、全米25位まで上がるヒットとなり、ようやく世の中に認められました。ワルツで唄われる「ピアノ・マン」は、バーでの人々の姿を生々しく描き出したもので、今も彼の代表作として多くのファンに愛されています。大きな転機となったのが、77年に発表した5枚目のアルバム『ストレンジャー』で、タイトル曲を始め「素顔のままで」などが次々とヒットし、グラミー賞を受賞。ビッグ・スターの地位を獲得。翌年にはアルバム『ニューヨーク52番街』を全米1位とし、人気を揺るぎないものにしたのです。今日はこのアルバムの中から「マイ・ライフ」をかけますが、この曲はシカゴのピーター・セテラをゲストに迎え、全米3位となった曲です。『ニューヨーク52番街』は、日本で人気の高い「オネスティ」や全米No.1となった「ビッグ・ショット」などがおさめられた傑作です。「マイ・ライフ」は「ピアノ・マン」からの流れを連想させる作品で、ソング・ライターとして脂の乗ったところをたっぷりと聴かせてくれます。もう1曲、番組で流れます「ザ・ロンゲスト・タイム」は、84年のアルバム『イノセント・マン』からシングルカットされた、彼一人による多重録音のアカペラで、全米14位となっています。他にこのアルバムからは全米1位になった「あの娘にアタック」を始め、「イノセント・マン」「アップタウン・ガール」など名曲がたくさん収録されています。

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