今週のアーチスト アレサ・フランクリン

小西さんの投稿

アレサ・フランクリン(1942.3.25~2018.8.16)

ジェームス・ブラウンが「ゴッドファーザー・オブ・ソウル」と呼ばれていたように、アレサ・フランクリンは、若い頃から「クイーン・オブ・ソウル」と呼ばれ続けていました。最近Huluで『ジーニス・アレサ』という彼女のドラマが配信され、それを観ての受け売りですが、今日はアレサについて書いてみたいと思います。

アレサは1942年3月25日にメンフィスで生まれ、デトロイトで育ちました。父親のセシル・フランクリンは、地元では知らぬ者がいないほど有名なバプティスト教会の牧師でした。そうした家庭環境からアレサも幼い時から教会の聖歌隊で歌い始め、わずか12歳で聖歌隊のリード・シンガーを務め、1956年には14歳にしてプロのシンガーとして初のレコーディングを行っています。スタートはゴスペル・シンガーでしたが、60年にコロンビア・レコードと契約したのを機に、R&Bシンガーへと転身。同レーベルではパッとしませんでしたが、持て余し気味の才能を生かすべく、66年にアトランティックと契約したことで、アレサはソウルの女王への道をばく進します。アトランティック移籍後、いきなり「貴方だけを愛して」が、67年3月末から7週間連続R&Bチャート第1位となり、一気にアレサ・ブームが到来します。同曲を皮切りに「リスペクト」「ベイビー・アイ・ラヴ・ユー」「チェイン・オブ・フールズ」と、この年だけで合計4曲もR&B部門で1位に輝きました。アレサのゴスペルで鍛えた確かな歌唱力は群を抜いており、おびただしい数のヒット曲をアトランティック在籍中に放ち、ついに彼女はクイーン・オブ・ソウルの名をほしいままにします。当時のアトランティックはサザン・ソウルを代表するソウル・アーティストを多数抱えており、彼らが切れ目なくヒット・チャートを賑わしていたわけですが、中でもアレサの活躍は傑出したものでした。しかし、80年には心機一転、アリスタに移籍して、アニー・レノックス、ジョージ・マイケルといったイギリスのアーティストと共演したり、あるいは原点回帰のゴスペル・アルバムを発表したりと、クイーン・オブ・ソウルの座に甘んずることなく、精力的に活動を続けました。R&B/ソウル・ミュージック界のみならず、アメリカのミュージック・シーン全体にとっての至宝とも呼ぶべき女性シンガー、それがアレサ・フランクリンだったのです。

今日おかけします「ア・チェインジ・イズ・ゴナ・カム」はサム・クックのカバーですが、第三者の楽曲でありながら、あたかもアレサのために書き下ろされたオリジナル曲であるがごとく、完全に自分のものにして歌っており、お見事!というほかありません。圧倒的な迫力で迫るボーカルは、父親が司祭を務めていた教会で、幼い時から歌っていたゴスペルによって培われたものであり、彼女のソウルが筋金入りなのもそれが理由です。

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