今週のアーチスト ニール・セダカ

小西さんの投稿

ニール・セダカ

卓越した曲づくりと特徴的なテナー・ボイスで多くのヒット曲を生み出したニール・セダカ。1939年生まれの元祖シンガー・ソングライターで、13歳のときに隣に住んでいたハワード・グリーンフィードルとソングライトのチームをつくります。ハイスクール時代にトーケンズを結成しますが、成功には至らずグループを離脱(トーケンズはその後61年に「ライオンは寝ている」が大ヒット)。ニール・セダカが注目されたのはハワードとつくった「間抜けなキューピッド」がコニー・フランシスに取り上げられ、58年に全米9位(イギリスでは6週連続1位)になったことからでした。同年、歌手としても「恋の日記」で初のヒット(全米14位)を飛ばします。その後、シンガーとソング・ライターの二足のわらじで大活躍。「おお!キャロル」(59年全米9位)、「カレンダー・ガール」(61年全米4位)などで人気を確立。日本でも「恋の片道切符」(60年。作曲は別人)「恋の一番列車」(62年)「すてきな16歳」(62年全米6位)などが、オールディーズの定番として、いまだに高い人気を保っています。62年には「悲しき慕情」が全米No.1となり、絶頂期を迎えます。コニー・フランシスの「ボーイ・ハント」(61年全米4位)、ジミー・クラントンの「ブルー・ジーン・ビーナス」(62年全米7位)など他のアーティストへ提供した作品もヒットしました。しかし、この快進撃も64年のイギリス勢の全米上陸によりストップしてしまいます。

70年代に入り、ハワードとのコンビをいったん解消。新たにフィル・コディと組み、アメリカよりも高い人気を維持していたイギリスに拠点を移し、75年、エルトン・ジョンのレーベルから、全米No.1ヒット「雨に微笑みを」を生み出します。その後「バッド・ブラッド」(75年全米1位)、バラードにリメイクした「悲しき慕情」(76年全米8位)とヒットが続き、第二の黄金期を迎えました。ニール・セダカは今、80歳を過ぎましたが、YouTubeに「Neil Sedaka Music」というチャンネルを持って配信しており、健在のようです。

PS. 今週ビートルズの曲が2曲かかりますが、そのうちの1曲「オール・アイヴ・ゴット・トゥ・ドゥ」のイントロに注目して下さい。「ジャラーン♪」という音が、「Eaug add9 add11」という不思議な和音なんです。さすがビートルズ! このイントロが大好きです!

コメント

タイトルとURLをコピーしました