今週のアーチスト

小西さんの投稿

ボブ・マーリー

1960年代以降、ポピュラー音楽の主流はロックになりました。欧米出身以外の黒人ロッカーのなかで、最初に大成功をおさめたのがボブ・マーリーでした。晩年は病魔と闘い続け、81年にがんのため死去。いうまでもなく、マーリーの早すぎる死は音楽界にとって計り知れないほどの大きな損失でした。しかし、今なおこのカリスマの名声は、レゲエとともに世界中に浸透し続けているのです。

1945年にジャマイカで生まれたボブ・マーリー。彼がウェイラーズの母体となるグループを結成したのが61年。マーリーは翌62年にソロシングルを発表しましたが、その後はグループで活動することを選択。ジャマイカの音楽シーンの主流がスカ~ロックステディ~レゲエと変化していくなか、数々の作品を残しました。

70年代に入ると、ウェイラーズはジャマイカを離れて世界に飛び出します。アイランド・レーベルの社長に見込まれ、73年に『キャッチ・ア・ファイアー』で世界デビュー。当時、レゲエはジャマイカ本国とジャマイカ系移民の多いイギリスの都市部で知られていた程度でした。しかし、ボブ・マーリーとウェイラーズが発表した『キャッチ・ア・ファイアー』と、続く『バーニン』によって、レゲエは急速に世界に広まっていきます。『バーニン』に収録されている「アイ・ショット・ザ・シェリフ」がエリック・クラプトンにカバーされ、74年に全米ナンバーワンに輝いたこともレゲエ普及の大きな要因でした。

『バーニン』の発表後にオリジナルのウェイラーズは分裂。その後もマーリーは新しい編成のウェイラーズを率い、音楽とスピリチュアルなメッセージで全世界の若者を惹きつけました。

ウェイラーズのなかで、ひときわ強烈な存在感を放っているのが、カールトン(ドラム)とアストン(ベース)のバレット兄弟。レゲエ=ゆる~い音楽という認識を抱きがちですが、ウェイラーズの演奏は違います。ヘビーなサウンドで、グイグイ迫ってくるのです。その演奏の強靭なうねりを生み出しているのが、バレット兄弟というわけです。特にアストンの骨太で深く沈み込むベースは強烈です。

今週かけた「エクソダス」は、1976年12月3日、自宅で何者かに狙撃されて負傷したボブ・マーリーが、混乱を避けるためにジャマイカを出国。ロンドンへ渡って音作りをしただけあって、洗練されたサウンドとなっています。

ビートルズのこの1曲~ヒア・ゼア・アンド・エヴリホエア

ポールがジョンの家のプールサイドで書き上げたというこの唄、詞の構成をみると1番のアタマが「Here」、2番が「There」、そしてサビが「Everywhere」となっており、さすがポールと感心します。ささやくような歌い方で、2回歌ってダブル・トラッキングにしていますが、マリアンヌ・フェイスフルのように歌ってみようと思いながら録音したとか。ジョン、ポール、ジョージのバッキング・コーラスも効果的です。ギターはコード・カッティングで「タン・タン・チャ、タン・タン・チャ」と弾いていますが、気分によって、余韻を伸ばしたり、カット・アウトしたりしています。ベースはパート毎にフレーズが変わっていきますが、3番の「Each one believing~」や「Hope I’m always there」の箇所での速いフレーズがカッコいいですね。また、「~I know I need never car~」の後にダブル・トラッキングで入ってくるギターですが、2本のタイミングが微妙にずれています。エンディング近くの「love never dies」の後に突然入る指のスナップ音も妙に印象的です。そしてエンディングは、ボリューム奏法で「B→A→G→E→D」の音を弾き、曲はおしまいとなります。この「ヒア・ゼア・アンド・エヴリホエア」も「イエスタデイ」と同じようにカバー・バージョンがたくさん出ていますが、バラードはポールにお任せといった感じですね。ジョンも「ビートルズの曲の中で僕のお気に入りの1つ」と語っています。この曲、ストリングスが入っていなくてホントに良かったと思います。やはりビートルズの曲は、バンド・サウンドで聞きたいですよね!

 

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