1960年代後半のアメリカン・フォーク

小西さんの投稿

今週のゲスト、小松喜治さんお好みの関西フォークが生まれたのは1960年代後半から。その頃アメリカのフォーク・ソングの世界はどういう状況だったのでしょう。

当時アメリカのフォーク・シーンで脚光を浴びていたのがボブ・ディランとジョーン・バエズでした。ウディ・ガスリーに憧れたボブ・ディランは、公民権運動、ベトナム戦争、政治不信などに揺れ動いたアメリカの世相を見事に捉え、ピート・シガーらとともにプロテスト・ソングを歌い、大きな支持を集めました。

一方、ジョーン・バエズは、美しいソプラノ・ヴォイスで「ドナドナ」などのトラッドを歌い、デビュー・アルバム『ジョーン・バエズ』がベストセラーを記録しました。その後、“フォーク・ソングの女王”という異名をとった彼女を目標に、女性フォーク歌手たちが次々と登場し始めました。キャロリン・へスター、ジュディ・コリンズらは後発ながら、バエズに負けず劣らずの人気者となりました。

また、モダン・フォーク勢もヒット・チャートで大活躍し始めます。キングストン・トリオなどの流れを汲みながら、より一層ポップなスタイルのフォークを編み出したのが、ブラザーズ・フォア(「グリーンフィールズ」)、ピーター・ポール&マリー(「パフ」「花はどこへ行ったの」「風に吹かれて」など)、ルーフトップ・シンガーズ(ウォークライト・イン)たちでした。また、野外で行われる全米各地のフォーク・フェスティバルもフォーク・ブームに拍車をかけました。出演者は再発見されたオールド・タイム・ミュージシャンや戦前に大活躍した黒人ブルースマンにもおよび、フォーク・シーンはモダン・フォークやプロテスト・ソングのみならず、アメリカ音楽のルーツであるヒルビリーやブルーグラスに遡る動きも見られるようになっていきます。その熱をあおったのが、先駆者であるニュー・ロスト・シティ・ランブラーズ、速弾きギターで名をはせたドグ・ワトソン。彼らの活躍で予期せぬ音楽が人気を呼びます。ビル・モンロー、スタンリー・ブラザーズらに代表されるケンタッキー産のブルーグラス・ミュージックが、シティ・グラスと呼ばれ、インテリ・フォーク・ファンの心を捕えたのです。

60年代中盤ピークをむかえたフォークのブームは、更に様相を変えていき、黒人グループや第三世界の音楽、今でいうワールド・ミュージックにも脚光が当たりました。中でもブルースは、多くの再発見アーティストの録音や充実したオムニバス盤の発売で、しっかりと音楽ファンの琴線に触れ、あっという間にブルース・ブームが全米に広まりました。ミシシッピ・ジョン・ハート、ライトニン・ホプキンス、ガス・キャノンらはキャンパス・フォーク・シーンの人気者となりました。

一方、自作曲で頂点に立ったディランにならない、多くの若者たちがオリジナル・ソング作りに励みました。こうした流れが、やがて70年代のシンガー・ソング・ライター・ブームを呼んでいったのです。

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